神田伯山の先祖がすごい!ルーツは佐賀県唐津市【アナザースカイⅡ】

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こんばんわ。

ミトです。

 

2月12日(金)の「アナザースカイⅡ」は、神田伯山さんです。

 

今回は、神田伯山さんの先祖のルーツとなる佐賀県唐津市に訪れます。

彼の先祖について、調べてみます。

 

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神田伯山の先祖がすごい!

 

番組でも神田伯山さんの先祖が話題になっています。

 

以前NHKの「ファミリーヒストリー」で特集されています。

「神田伯山〜南米に消えた先祖 見つかった父の形見〜」

今、最もチケットが取れないと言われる講談師、松之丞改め神田伯山36歳。明治末期、曽祖父は徳冨蘆花に憧れ佐賀から上京し、早稲田で英文学を学ぶ。その後、立ち上げた出版社で、トルストイ全集の発行に携わった。そして、5代前の先祖は南米に渡り“柔術”を広め、パラグアイの英雄となっていたことが判明する。さらに、父の転勤で家族が暮らしたブラジル。亡き父の、ある形見が残されていた。伯山さんは驚きを隠せなかった。

<引用元 https://www.nhk.jp/>

 

神田伯山さんの家系

神田伯山さんの家系について、調べてみました。

 

<出典元 https://tvreview.tokyo/>

 

父親方(古舘家)家系図
【6代前】興四郎(唐津藩・小笠原家の家臣)
【5代前】篤敬
【5代前(福岡家)】善助
【5代前(福岡家)】ナカ
【高祖父】小源太(牟田部炭鉱の作業員を監督)
【高祖父(福岡家)】庄太郎(格闘家・柔術)
【曽祖母(福岡家)】シズヨ
【曽祖父】清太郎
【祖父】融(講道館柔道三段)
【祖母】(大木)瑩子
【父】豊

 

母親(ミエ子)方(石塚家)家系図
【5代目前】利重
【高祖父】嘉吉
【曽祖父】利太郎
【祖父】順一郎
【母】ミエ子

 

家系図を見てみると分かるように、神田伯山さんの父方の家系は、「古館」という名前です。

 

先祖がすごい

 

神田伯山さんの家系で、すごいと話題になっている人を紹介します。

 

  • 【曽祖父】清太郎

清太郎さんは、唐津の炭鉱を辞めて、状況します。

わんや書店に就職し、わんや書店の社長らと専門書の刊行を行う春秋社を立ち上げます。

そこでトルストイ全集を出版し、自ら翻訳を務めました。

 

  • 【高祖父(福岡家)】庄太郎

アメリカに失踪し、パラグアイ、アルゼンチンを転々とし、柔術の選手として試合に出場

していました。

一度は肺結核で倒れ、療養生活を行うことになりますが、体調が復活するとレスラーのマ

ッカラン選手と異種格闘技戦を行います。

1916年(大正5年)10月14日、パラグアイ国立劇場で対戦が行われました。

結果は、敗戦となりましたが、何度投げられても果敢に挑む庄太郎さんの柔術に魅了され

マッカランに罵声が浴びせられるほどだったそうです。

 

  • 【父】豊

豊さんは大学の学費を稼ぐために浪人し、翌年45年立教大学に進学しました。

豊さん大学卒業後に、昭和51年貿易会社に就職しました。

そこで2歳年上の石塚ミエ子さんと出会い、昭和58年に克彦(神田伯山)さんが誕生しま

した。

豊さんは、平成6年、42歳の若さで自らの命を絶ちました。

 

この時のことを神田伯山に襲名前の 神田 松之丞の時代のブログに綴られています。

 

※一部抜粋

 

私は子供の頃から死について人一倍考えている。それは小学4年の10歳の時に父親が突然亡くなったからだと思う。本当に急だった。

そして子供ながらに、人間は死ぬんだと強く認識した。

私はクラスでもとびきり明るい子供だった。それは明るい人間だけに許される特権のように、毎日先生には怒られ愛されるような生徒であったと思う。

父親の葬式の時に、私は泣かなかった。涙を我慢するわけでもなく泣かなかった。

ただ弔問に担任の先生をはじめクラスメイトが全員で来た時に、いままで泣かなかったのが嘘のように、せきをきったように嗚咽した。恐らくクラスメイトも困惑したと思う。それは私が今まで誰にもみせた事のない姿だったし、私自身体験した事のない感情だったから。

私は父親が死んだという事実が、もう二度と迷子になっても迎えに来てくれないという絶望におそわれていた。

だからいつでも迎えに来てくれるはずの父親が死んだ葬儀に、クラスメイトが全員来てくれた時の安堵感は今でも言葉で表現出来ない。

<引用元 https://ameblo.jp/>

 

佐賀県唐津市との関係

神田伯山さんの家系「古舘」という苗字ですが、

古舘家は、佐賀県唐津市の名護屋(なごや)地帯に多く分布しています。

 

平安時代・唐津の北西部・名護屋肥前守入道藤原朝臣経元(ふじわらつねもと)が名護屋一帯を収めたそうで、名護屋城は、豊臣秀吉が朝鮮に出兵の起点とした場所だそうです。

 

名護屋氏から分家したのが古舘一族で、古舘家の始まりと考えられているそうです。

 

フリーアナウンサーの「古舘伊知郎」さんは、出身は東京なのですが、父親の出身が佐賀県です。

 

古舘という苗字は、佐賀県全体で約500人で唐津市で300人の方がいるようです。

 

神田伯山さんは、「アナザースカイⅡ」で唐津市に訪れた時に、名物の「呼子いか」を食べたようです。

 

 

まとめ

いかがだったでしょうか?

2月12日に放送される「アナザースカイⅡ」の「神田伯山」さんのご先祖と佐賀県唐津市との関係を紹介しました。

 

ご先祖のルーツを辿りたくなってきました。

今の自分があるのもご先祖のおかげであることを感じました。

 

過去の「アナザースカイⅡ」で放送された方も別記事で紹介しているので、

ご興味のある方はご覧ください。

 

 

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