古賀稔彦さんに対する多くのコメント

こんにちは。

ミトです。

柔道の金メダリストである古賀稔彦さんが亡くなられました。

53歳という若さでした。

非常に衝撃でした。

癌の治療をしていたことする公になっていなかったので、

本当に衝撃で、ご冥福をお祈りするばかりです。

今回は、古賀稔彦さんに関する多くのコメントを紹介いたします。

スポンサーリンク

古賀稔彦さんに対する多くのコメント

●格闘家 秋山 成勲さん

●小川直也さん

「非常に残念。本当にショックです」と声を落とした。

関係者から古賀氏が闘病中だと聞いた小川氏は、2月にLINEで連絡を取ったという。「病気の状況とか自分から言ってくれた。都内の病院を3つほど回ったって…。病気が再発して『腹水がたまっちゃって…』と言ってたけれど、その時点ではまさか亡くなるなんて…」と明かした。

3月に入ってからも電話で話したと言い、古賀さんから「心配してくれてありがとう。感謝、感謝」と伝えられたという。小川氏が「治ったら、快気祝いに行こうよ」と誘ったところ、古賀さんが「今は現役時代と同じ(体重)68キロしかないから」と返してきたので「ウソつけ。お前、現役のころは78キロあったろ。オレは知ってるんだよ~」と冗談を飛ばして、笑い合ったという。もちろん、その後の再会を約束したばかりだった。

「高校時代からの付き合いだからね。この前話したばかりなのに…心の整理がつかない。約束を果たせなかったのは残念。心からご冥福をお祈りします」と静かに追悼した。

<引用元 https://www.tokyo-sports.co.jp/>

●プロレスラー 永田裕志さん

●吉田秀彦さん

「今はただ驚きと、まだ信じられない気持ちでいっぱいです。バルセロナ五輪では、古賀先輩が優勝した瞬間、私が金メダルを取ったとき以上の喜びを感じた。2人で勝ち取った金メダルは一生の宝です」

<引用元 https://this.kiji.is/>

●谷亮子さん

突然の訃報に接し、もうお会いできないと思うと悲しすぎます。現役時代は世界中のファンの皆さんを豪快な一本背負いで魅了し、感動させてくれましたし、指導者になられてからも全国の子供たちや多くの方々に広く柔道の素晴らしさを伝えられ、普及発展に多大な貢献をされてきました。最も尊敬する柔道家であり、常に柔道界に新しい風を吹かせてくれた方です。古賀先輩との思い出は数え切れない程ありますが私が中学生の頃からバルセロナ五輪等の大会に一緒に出場し、いつも「亮子、亮子」と言って可愛がってくださった姿が忘れられません。「平成の三四郎」古賀先輩の優しい笑顔と迫力ある柔道は輝き続けています。ご冥福をお祈りいたします

<引用元 https://mainichi.jp/>

●野村忠宏さん

バルセロナオリンピックで古賀稔彦選手がけがをかかえながら、不屈の闘志、豪快な柔道で金メダルを獲得した姿を見た瞬間、当時高校生だった私にとって憧れの選手となりました。

同じ日本代表となったアトランタオリンピックでは、右も左も分からない若者だった私に、気さくに優しく接してくださり、また、柔道日本代表として競技に取り組む姿勢や厳しさを身をもって教えて頂いた尊敬する大先輩です。

『平成の三四郎』の早すぎる訃報が信じられません。指導者としても、まだまだ柔道界を盛り上げてほしかったです。ご逝去を悼み、心からご冥福をお祈り申し上げます。

<引用元 https://www.nikkansports.com/>

●故郷の佐賀県

●東京五輪・パラリンピックの橋本聖子会長

第一声で「実は先ほど訃報をお聞きしまして、ちょっと信じられない…」と絶句した。

「ケガをして足を引きずりながら選手村のダイニングでお会いした時、強い気持ちで決勝に向かっていくとおっしゃっていた。すごい強い人だなと思いました」

その後、古賀氏が後進の指導に当たる姿も見ていた橋本会長は「こういう方が次の世代のスポーツ界を引っ張っていただけるとずっと思っていた」と話し、特に印象深かったのが谷本歩実さん(39)が2004年アテネ五輪の女子63キロ級で金メダルを取った瞬間だったという。

「古賀さんの胸に飛び込んでいったシーンは、アスリートの誰もが憧れたのではないかと思っています」

くしくも、亡くなったこの日は東京五輪聖火リレースタートの前日。古賀さんは10日に故郷の佐賀・みやき町で聖火ランナーを務める予定だった。「未来に向かった明るい希望がともされる聖火リレーに」という橋本会長は、最後に「心からご冥福を申し上げます」と語った。

<引用元 https://www.tokyo-sports.co.jp/>

●宮里藍さん

この投稿をInstagramで見る

Ai Miyazato(@ai_miyazato)がシェアした投稿

●サッカーJ1の川崎フロンターレ

これ以外にも多くのコメントが上がっていました。

本当にみなさん、驚きとショックを受けたコメントが多く投稿されてています。

五輪の金メダルシーン

1992年の古賀稔彦さんが怪我を乗り越えて、金メダルと獲得したシーンです。

古賀稔彦さんのバルセロナオリンピック金メダル

私もテレビで見ていました。

忘れることができません。

本当に心からのご冥福をお祈りいたします。

スポンサーリンク